は勿論これからも、おれの云ひつけは背くまいな?」
素戔嗚のかう云ふ言葉の中には、皮肉な調子が交つてゐた。須世理姫は頸珠を気にしながら、背くとも背かないとも答へなかつた。
「黙つてゐるのは背く気か?」
「いいえ。――御父様はどうしてそんな――」
「背かない気ならば、云ひ渡す事がある。おれはお前があの若者の妻になる事を許さないぞ。素戔嗚の娘は素戔嗚の目がねにかなつた夫を持たねばならぬ。好いか? これだけの事を忘れるな。」
夜が既に更《ふ》けた後、素戔嗚は鼾《いびき》をかいてゐたが、須世理姫は独り悄然《せうぜん》と、広間の窓に倚《よ》りかかりながら、赤い月が音もなく海に沈むのを見守つてゐた。
五
翌朝素戔嗚は何時《いつ》もの通り、岩の多い海へ泳ぎに行つた。すると其処へ葦原醜男《あしはらしこを》が、意外にも彼の後を追つて、勢よく宮の方から下つて来た。
彼は素戔嗚の姿を見ると、愉快さうな微笑を浮べながら、
「御早うございます。」と、会釈をした。
「どうだな、昨夕《ゆうべ》はよく眠られたかな?」
素戔嗚は岩角に佇《たたず》んだ儘、迂散《うさん》らしく相手の顔を見やつた。
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