実際この元気の好い若者がどうして室の蜂に殺されなかつたか? それは全然彼自身の推測を超越してゐたのであつた。
「ええ、御かげでよく眠られました。」
葦原醜男はかう答へながら、足もとに落ちてゐた岩のかけを拾つて、力一ぱい海の上へ抛り投げた。岩は長い弧線を描いて、雲の赤い空へ飛んで行つた。さうして素戔嗚が投げたにしても、届くまいと思はれる程、遠い沖の波の中に落ちた。
素戔嗚は唇を噛みながら、ぢつとその岩の行く方を見つめてゐた。
二人が海から帰つて来て、朝餉《あさげ》の膳に向つた時、素戔嗚は苦い顔をして、鹿の片腿《かたもも》を噛《かじ》りながら、彼と向ひ合つた葦原醜男に、
「この宮が気に入つたら、何日でも泊つて行くが好い。」と云つた。
傍にゐた須世理姫は、この怪しい親切を辞せしむべく、そつと葦原醜男の方へ、意味ありげな瞬《またた》きを送つて見せた。が、彼は丁度その時、盤《さら》の魚に箸をつけてゐたせゐか、彼女の相図には気もつかずに、
「難有《ありがた》うございます。ではもう二三日、御厄介になりませうか。」と、嬉しさうな返事をしてしまつた。
しかし幸ひ午後になると、素戔嗚が昼寝をして
前へ
次へ
全28ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング