眼を落した。鏡は冴《さ》え渡つた面《おもて》の上に、ありありと年若な顔を映した。が、それは彼の顔ではなく、彼が何度も殺さうとした、葦原醜男の顔であつた。……さう思ふと、急に夢がさめた。
彼は大きな眼を開いて、広間の中を見廻した。広間には唯朝日の光が、うららかにさしてゐるばかりで、葦原醜男も須世理姫も、どうしたか姿が見えなかつた。のみならずふと気がついて見ると、彼の長い髪は三つに分けて、天井の桷《たるき》に括《くく》りつけてあつた。
「欺《だま》しをつたな!」
咄嗟《とつさ》に一切悟つた彼は、稜威《いつ》の雄《を》たけびを発しながら、力一ぱい頭《かしら》を振つた。すると忽ち宮の屋根には、地震よりも凄まじい響が起つた。それは髪を括《くく》りつけた、三本の桷《たるき》が三本とも一時にひしげ飛んだ響であつた。しかし素戔嗚は耳にもかけず、まづ右手をさし伸べて、太い天《あめ》の鹿児弓《かごゆみ》を取つた。それから左手をさし伸べて、天《あめ》の羽羽矢《はばや》の靫《ゆぎ》を取つた。最後に両足へ力を入れて、うんと一息に立ち上ると、三本の桷を引きずりながら、雲の峰の崩れるやうに、傲然と宮の外へ揺るぎ
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