出した。
宮のまはりの椋の林は、彼の足音に鳴りどよんだ。それは梢に巣食つた栗鼠《りす》も、ばらばらと大地に落ちる程であつた。彼はその椋の木の間を、嵐のやうに通り抜けた。
林の外は切り岸の上、切り岸の下は海であつた。彼は其処に立ちはだかると、眉の上に手をやりながら、広い海を眺め渡した。海は高い浪の向うに、日輪さへかすかに蒼《あを》ませてゐた。その又浪の重なつた中には、見覚えのある独木舟《まるきぶね》が一艘、沖へ沖へと出る所だつた。
素戔嗚は弓杖《ゆんづゑ》をついたなり、ぢつとこの舟へ眼を注いだ。舟は彼を嘲《あざけ》るやうに、小さい筵帆《むしろぼ》を光らせながら、軽々と浪[#「浪」は底本では「冫+良」]を乗り越えて行つた。のみならず舳《とも》には葦原醜男、艫《へさき》には須世理姫の乗つてゐる容子も、手にとるやうに見る事が出来た。
素戔嗚は天の鹿児弓に、しづしづと天の羽羽矢を番《つが》へた。弓は見る見る引き絞られ、鏃《やじり》は目の下の独木舟に向つた。が、矢は一文字に保たれた儘、容易に弦《つる》を離れなかつた。その内に何時《いつ》か彼の眼には、微笑に似たものが浮び出した。微笑に似た、
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