を夕明りの中に引きずつてゐた。
素戔嗚はその姿を見ると、急に彼女の悲しさを踏みにじりたいやうな気がし出した。
「あの空を見ろ。葦原醜男は今時分――」
「存じて居ります。」
須世理姫は眼を伏せてゐたが、思ひの外はつきりと、父親の言葉を遮《さへぎ》つた。
「さうか? ではさぞかし悲しからうな?」
「悲しうございます。よしんば御父様が御歿《おな》くなりなすつても、これ程悲しくございますまい。」
素戔嗚は色を変へて、須世理姫を睨《にら》みつけた。が、それ以上彼女を懲《こ》らす事は、どう云ふものか出来なかつた。
「悲しければ、勝手に泣くが好い。」
彼は須世理姫に背を向けて、荒々しく門の内へはひつて行つた。さうして宮の階段《きざはし》を上りながら、忌々《いまいま》しさうに舌を打つた。
「何時ものおれなら口も利かずに、打ちのめしてやる所なのだが……」
須世理姫は彼の去つた後も、暫くは、暗く火照《ほて》つた空へ、涙ぐんだ眼を挙げてゐたが、やがて頭を垂れながら、悄然《せうぜん》と宮へ帰つて行つた。
その夜素戔嗚は何時までも、眠に就く事が出来なかつた。それは葦原醜男を殺した事が、何となく彼の心
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