て、岩の下の枯茨《かれいばら》へ火を放つた。
八
色のない焔は瞬《またた》く内に、濛々《もうもう》と黒煙を挙げ始めた。と同時にその煙の下から、茨や小篠《をざさ》の焼ける音が、けたたましく耳を弾《はじ》き出した。
「今度こそあの男を片づけたぞ。」
素戔嗚は高い岩の上に、ぢつと弓杖《ゆんづゑ》をつきながら、兇猛な微笑を浮べてゐた。
火は益《ますます》燃え拡がつた。鳥は苦しさうに鳴きながら、何羽も赤黒い空へ舞ひ上つた。が、すぐに又煙に巻かれて、紛々と火の中へ落ちて行つた。それがまるで遠くからは、嵐に振はれた無数の木の実が、しつきりなくこぼれ飛ぶやうに見えた。
「今度こそあの男を片づけたぞ。」
素戔嗚はかう心の中《うち》に、もう一度満足の吐息を洩らすと、何故か云ひやうのない寂しさがかすかに湧いて来るやうな心もちがした。……
その日の薄暮、勝ち誇つた彼は腕を組んで、宮の門に佇みながら、まだ煙の迷つてゐる荒野の空を眺めてゐた。すると其処へ須世理姫が、夕餉《ゆふげ》の仕度の出来たことを気がなささうに報じに来た。彼女は近親の喪《も》を弔ふやうに、何時の間にかまつ白な裳《も》
前へ
次へ
全28ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング