見守つた後、弓に矢を番《つが》へながら、葦原醜男を振り返つた。
「風があつて都合が悪いが、兎《と》に角《かく》どちらの矢が遠く行くか、お前と弓勢《ゆんぜい》を比べて見よう。」
「ええ、比べて見ませう。」
 葦原醜男は弓矢を執つても、自信のあるらしい容子であつた。
「好いか? 同時に射るのだぞ。」
 二人は肩を並べながら、力一ぱい弓を引き絞《しぼ》つて、さうして同時に切つて離した。矢は波立つた荒野の上へ、一文字に遠く飛んで行つた。が、どちらが先へ行つたともなく、唯一度日の光にきらりと矢羽根が光つた儘、忽《たちま》ち風下の空に紛れて、二本とも一しよに消えてしまつた。
「勝負があつたか?」
「いいえ――もう一度やつて見ませうか?」
 素戔嗚は眉をひそめながら、苛立《いらだ》たしさうに頭を振つた。
「何度やつても同じ事だ。それより面倒でも一走り、おれの矢を探しに行つてくれい。あれは高天原の国から来た、おれの大事な丹塗《にぬり》の矢だ。」
 葦原醜男は云ひつかつた通り、風に鳴る荒野へ飛びこんで行つた。すると素戔嗚はその後姿が、高い枯草に隠れるや否や、腰に下げた袋の中から、手早く火打鎌と石とを出し
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