の底へ毒をさしたやうな気がするからであつた。
「おれは今までにもあの男を何度殺さうと思つたかわからない。しかしまだ今夜のやうに、妙な気のした事はないのだが……」
彼はこんな事を考へながら、青い匂のする菅畳の上に、幾度となく寝返りを打つた。眠はそれでも彼の上へ、容易に下らうとはしなかつた。
その間に寂しい暁は早くも暗い海の向うに、うすら寒い色を拡げ出した。
九
翌朝もう朝日の光が、海一ぱいに当つてゐる頃であつた。まだ寝の足りない素戔嗚は眩《まぶ》しさうに眉をひそめながら、のそのそ宮の戸口へ出かけて来た。すると其処の階段《きざはし》の上には、驚くまい事か、葦原醜男が、須世理姫と一しよに腰をかけて、何事か嬉しさうに話し合つてゐた。
二人も素戔嗚の姿を見ると、吃驚《びつくり》したらしい容子であつた。が、すぐに葦原醜男は不相変《あひかはらず》快活に身を起して、一筋の丹塗矢《にぬりや》をさし出しながら、
「幸ひ矢も見つかりました。」と云つた。
素戔嗚はまだ驚きが止まなかつた。しかしその中にも何となく、無事な若者の顔を見るのが、悦《よろこ》ばしいやうな心もちもした。
「よ
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