ヘ、僕の方で云いたいくらいだ。藤沢のやつは、僕の事を、何ぞと云うとドン・ジュアン呼ばわりをするが、近来は君の方へすっかり御株を取られた形があらあね。どうした。いつかの両美人は?」
 俊助は何を措《お》いても、この場合この話題が避けたかった。そこで彼は大井の言葉がまるで耳へはいらないように、また談柄《だんぺい》をお藤さんなる給仕女の方へ持って行った。

        三十二

「幾つだ、あのお藤《ふじ》さんと云うのは?」
「行年《ぎょうねん》十八、寅の八白《はっぱく》だ。」
 大井《おおい》はまた新に註文したウイスキイをひっかけながら、高々と椅子《いす》の上へあぐらをかいて、
「年まわりから云や、あんまり素直でもなさそうだが、――まあ、そんな事はどうでも好い、素直だろうが、素直でなかろうが、どうせ女の事だから、退屈な人間にゃ相違なかろう。」
「ひどく女を軽蔑《けいべつ》するな。」
「じゃ君は尊敬しているか。」
 俊助《しゅんすけ》は今度も微笑の中《うち》に、韜晦《とうかい》するよりほかはなかった。と、大井は三杯目のウイスキイを前に置いて、金口の煙を相手へ吹きかけながら、
「女なんてもの
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