ヘ退屈だぜ。上《かみ》は自動車へ乗っているのから下《しも》は十二階下に巣を食っているのまで、突っくるめて見た所が、まあ精々十種類くらいしかないんだからな。嘘だと思ったら、二年でも三年でも、滅茶滅茶に道楽をして見るが好《い》い。すぐに女の種類が尽きて、面白くも何ともなくなっちまうから。」
「じゃ君も面白くない方か。」
「面白くない方か? 冗談《じょうだん》だろう。――いや、皮肉なら皮肉でも好い。面白くないと云っている僕が、やっぱりこうやって女ばかり追っかけている。それが君にゃ莫迦《ばか》げて見えるんだろう。だがね、面白くないと云うのも本当なんだ。同時にまた面白いと云うのも本当なんだ。」
大井は四杯目のウイスキイを命じた頃から、次第に平常の傲岸《ごうがん》な態度がなくなって、酔を帯びた眼の中にも、涙ぐんでいるような光が加わって来た。勿論俊助はこう云う相手の変化を、好奇心に富んだ眼で眺めていた。が、大井は俊助の思わくなぞにはさらに頓着しない容子《ようす》で、五杯六杯と続けさまにウイスキイを煽《あお》りながら、ますます熱心な調子になって、
「面白いと云うのはね、女でも追っかけていなけりゃ、そ
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