ニ、そのまま派手な銘仙《めいせん》の袂《たもと》を飜《ひるがえ》して、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》帳場机の方へ逃げて行ってしまった。大井はその後姿《うしろすがた》を目送しながら、わざとらしく大きな声で笑い出したが、すぐに卓子《テエブル》の上のウイスキイをぐいとやって、
「どうだ。美人だろう。」と、冗談のように俊助の賛同を求めた。
「うん、素直そうな好い女だ。」
「いかん、いかん。僕の云っているのは、お藤《ふじ》の――お藤さんの肉体的の美しさの事だ。素直そうななんぞと云う、精神的の美しさじゃない。そんな物は大井篤夫《おおいあつお》にとって、あってもなくっても同じ事だ。」
俊助は相手にならないで、埃及《エジプト》の煙ばかり鼻から出していた。すると大井は卓子《テエブル》越しに手をのばして、俊助の鼈甲《べっこう》の巻煙草入から金口《きんぐち》を一本抜きとりながら、
「君のような都会人は、ああ云う種類の美に盲目《もうもく》だからいかん。」と、妙な所へ攻撃の火の手を上げ始めた。
「そりゃ君ほど烱眼《けいがん》じゃないが。」
「冗談じゃないぜ。君ほど烱眼じゃないなんぞと
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