フ着物を着て雑然と群羊のごとく動いていた。俊助は高い天窓《てんまど》の光の下《もと》に、これらの狂人の一団を見渡した時、またさっきの不快な感じが、力強く蘇生《よみがえ》って来るのを意識した。
「皆仲良くしているわね。」
 初子は家畜《かちく》を見るような眼つきをしながら、隣に立っている辰子に囁いた。が、辰子は静に頷《うなず》いただけで、口へ出しては、何とも答えなかった。
「どうです。中へはいって見ますか。」
 新田は嘲るような微笑を浮べて、三人の顔を見廻した。
「僕は真《ま》っ平《ぴら》だ。」
「私も、もう沢山。」
 辰子はこう云って、今更のようにかすかな吐息を洩らした。
「あなたは?」
 初子は生々した血の気を頬《ほお》に漲らせて、媚《こ》びるようにじっと新田の顔を見た。
「私は見せて頂きますわ。」

        二十八

 俊助《しゅんすけ》と辰子《たつこ》とは、さっきの応接室へ引き返した。引き返して見ると、以前はささなかった日の光が、斜《ななめ》に窓硝子《まどガラス》を射透して、ピアノの脚に落ちていた。それからその日の光に蒸されたせいか、壺にさした薔薇《ばら》の花も、前よりは
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