フ事を考えるんです。」
辰子の青白い頬には、あるかない微笑の影がさした。
「薄情な方ね。」
「薄情かも知れません。その代りに自分の関係している事なら――」
「御親切?」
そこへ新田と初子とが出て来た。
「今度は――と、あちらの病室へ行って見ますか。」
新田は辰子や俊助の存在を全く忘れてしまったように、さっさと二人の前を通り越して、遠い廊下のつき当りにある戸口の方へ歩き出した。が、初子は辰子の顔を見ると、心もち濃い眉《まゆ》をひそめて、
「どうしたの。顔の色が好くなくってよ。」
「そう。少し頭痛《ずつう》がするの。」
辰子は低い声でこう答えながら、ちょいと掌《てのひら》を額に当てたが、すぐにいつものはっきりした声で、
「行きましょう。何でもないわ。」
三人は皆別々の事を考えながら、前後してうす暗い廊下を歩き出した。
やがて廊下のつき当りまで来ると、新田はその部屋の戸を開けて、後《うしろ》の三人を振返りながら、「御覧なさい」と云う手真似《てまね》をした。ここは柔道の道場を思わせる、広い畳敷の病室だった。そうしてその畳の上には、ざっと二十人近い女の患者が、一様に鼠《ねずみ》の棒縞
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