フような理想家が、昔は人体|解剖《かいぼう》を人道に悖《もと》ると云って攻撃したんだ。」
「あれで苦しくは無いんでしょうか。」
「無論、苦しいも苦しくないもないんです。」
初子は眉一つ動かさずに、冷然と穴の中の男を見下《みおろ》していた。辰子は――ふと気がついた俊助が初子から眼を転じた時、もうその部屋の中にはいつの間にか、辰子の姿が見えなくなっていた。
二十七
俊助《しゅんすけ》は不快になっていた矢先だから、初子《はつこ》と新田《にった》とを後に残して、うす暗い廊下《ろうか》へ退却した。と、そこには辰子《たつこ》が、途方《とほう》に暮れたように、白い壁を背負って佇《たたず》んでいた。
「どうしたのです。気味が悪いんですか。」
辰子は水々しい眼を挙げて、訴えるように俊助の顔を見た。
「いいえ、可哀《かわい》そうなの。」
俊助は思わず微笑した。
「僕は不愉快です。」
「可哀そうだとは御思いにならなくって?」
「可哀そうかどうかわからないが――とにかくああ云う人間が、ああしているのを見たくないんです。」
「あの人の事は御考えにならないの。」
「それよりも先に、自分
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