ス。
「何だか私、御話を伺っている内に、自分も気が違っているような気がして参りました。」
 説明が一段落ついた所で、初子はことさら真面目な顔をしながら、ため息をつくようにこう云った。
「いや、実際厳密な意味では、普通|正気《しょうき》で通っている人間と精神病患者との境界線が、存外はっきりしていないのです。況《いわ》んやかの天才と称する連中《れんじゅう》になると、まず精神病者との間に、全然差別がないと云っても差支えありません。その差別のない点を指摘したのが、御承知の通りロムブロゾオの功績です。」
「僕は差別のある点も指摘して貰いたかった。」
 こう俊助が横合《よこあい》から、冗談《じょうだん》のように異議を申し立てると、新田は冷かな眼をこちらへ向けて、
「あれば勿論指摘したろう。が、なかったのだから、やむを得ない。」
「しかし天才は天才だが、気違いはやはり気違いだろう。」
「そう云う差別なら、誇大妄想狂《こだいもうぞうきょう》と被害《ひがい》妄想狂との間にもある。」
「それとこれと一しょにするのは乱暴だよ。」
「いや、一しょにすべきものだ。成程天才は有為《エフィシエント》だろう。狂人は有
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