竄ヨ挿《さ》してあった。新田は三人に椅子を薦《すす》めると、俊助《しゅんすけ》の問に応じて、これは病院の温室で咲かせた薔薇だと返答した。
 それから新田は、初子《はつこ》と辰子《たつこ》との方へ向いて、予《あらかじ》め俊助が依頼して置いた通り、精神病学に関する一般的智識とでも云うべきものを、歯切れの好《い》い口調で説明した。彼は俊助の先輩として、同じ高等学校にいた時分から、畠違《はたけちが》いの文学に興味を持っている男だった。だからその説明の中にも、種々の精神病者の実例として、ニイチェ、モオパッサン、ボオドレエルなどと云う名前が、一再ならず引き出されて来た。
 初子は熱心にその説明を聞いていた。辰子も――これは始終|伏眼《ふしめ》がちだったが、やはり相当な興味だけは感じているらしく思われた。俊助は心の底の方で、二人の注意を惹《ひ》きつけている説明者の新田が羨しかった。が、二人に対する新田の態度はほとんど事務的とも形容すべき、甚だ冷静なものだった。同時にまた縞の背広に地味な襟飾《ネクタイ》をした彼の服装も、世紀末《せいきまつ》の芸術家の名前を列挙するのが、不思議なほど、素朴に出来上ってい
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