ゥのごとく、野村は安楽椅子の肘を叩きながら、
「初子さん一人なら、そりゃ君の辟易《へきえき》するのも無理はないが、辰子さんも多分――いや、きっと一しょに行くって云っていたから、その辺の心配はいらないんだがね。」
俊助は紅茶茶碗を掌《てのひら》に載せたまま、しばらくの間考えた。行く行かないの問題を考えるのか、一度断った依頼をまた引受けるために、然るべき口実を考えるのか――それも彼には判然しないような心もちがした。
「そりゃ行っても好《い》いが。」
彼は現金すぎる彼自身を恥じながら、こう云った後で、追いかけるように言葉を添えずにはいられなかった。
「そうすりゃ、久しぶりで新田《にった》にも会えるから。」
「やれ、やれ、これでやっと安心した。」
野村はさもほっとしたらしく、胸の釦《ボタン》を二つ三つ外すと、始めて紅茶茶碗を口へつけた。
十八
「日《ひ》はア。」
俊助《しゅんすけ》の眼はまだ野村《のむら》よりも、掌《てのひら》の紅茶茶碗へ止まり易かった。
「来週の水曜日――午後からと云う事になっているんだが、君の都合が悪るけりゃ、月曜か金曜に繰変えても好い。」
「何
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