Aとかく田舎の年忌《ねんき》とか何とか云うやつは――」
野村は前以て辟易《へきえき》を披露《ひろう》するごとく、近眼鏡の後《うしろ》の眉をひそめて見せたが、すぐにまた気を変えて、
「ところで僕は君に一つ、頼みたい事があって寄ったのだが――」
十七
「何だい、改まって。」
俊助《しゅんすけ》は紅茶茶碗を野村《のむら》の前へ置くと、自分も卓子《テエブル》の前の椅子へ座を占めて、不思議そうに相手の顔へ眼を注いだ。
「改まりなんぞしやしないさ。」
野村は反《かえ》って恐縮らしく、五分刈《ごぶがり》の頭を撫《な》で廻したが、
「実は例の癲狂院《てんきょういん》行きの一件なんだが――どうだろう。君が僕の代りに初子《はつこ》さんを連れて行って、見せてやってくれないか。僕は今日行くと、何《なん》だ彼《かん》だで一週間ばかりは、とても帰られそうもないんだから。」
「そりゃ困るよ。一週間くらいかかったって、帰ってから、君が連れて行きゃ好いじゃないか。」
「ところが初子さんは、一日も早く見たいと云っているんだ。」
野村は実際困ったような顔をして、しばらくは壁に懸っている写真版へ、
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