えてある寄せ木の卓子《テエブル》の上へ置いた。現に今日も、この卓子《テエブル》の上には、籐《とう》の籠へ入れた桜草《さくらそう》の鉢が、何本も細い茎を抽《ぬ》いた先へ、簇々《ぞくぞく》とうす赤い花を攅《あつ》めている。……
須田町《すだちょう》の乗換で辰子《たつこ》と分れた俊助は、一時間の後この下宿の二階で、窓際の西洋机《デスク》の前へ据えた輪転椅子に腰を下しながら、漫然と金口《きんぐち》の煙草《たばこ》を啣《くわ》えていた。彼の前には読みかけた書物が、象牙《ぞうげ》の紙切小刀《ペエパアナイフ》を挟んだまま、さっきからちゃんと開いてあった。が、今の彼には、その頁に詰まっている思想を咀嚼《そしゃく》するだけの根気がなかった。彼の頭の中には辰子の姿が、煙草の煙のもつれるように、いつまでも美しく這《は》い纏《まつわ》っていた。彼にはその頭の中の幻が、最前電車の中で味った幸福の名残りのごとく見えた。と同時にまた来るべき、さらに大きな幸福の前触れのごとくも見えるのだった。
すると机の上の灰皿《はいざら》に、二三本吸いさしの金口《きんぐち》がたまった時、まず大儀そうに梯子段を登る音がして、そ
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