、気がふれたようだったじゃないか。おじいさんだって、そうさ、あれで、もう少し気が強かろうものなら、すぐにお前さんと刃物三昧《はものざんまい》だわね。」
「そりゃもう一年|前《まえ》の事だ。」
「何年|前《まえ》でも、同じ事だよ。一度した事は、三度するって言うじゃないか。三度だけなら、まだいいほうさ。わたしなんぞは、この年まで、同じばかを、何度したか、わかりゃしないよ。」
こう言って、老婆は、まばらな齒を出して、笑った。
「冗談じゃない。――それより、今夜の相手は、曲がりなりにも、藤判官《とうほうがん》だ、手くばりはもうついたのか。」
太郎は、日にやけた顔に、いらだたしい色を浮かべながら、話頭を転じた。おりから、雲の峰が一つ、太陽の道に当たったのであろう。あたりが※[#「彳+(攵/羽)」、第3水準1−90−31]然《ゆうぜん》と、暗くなった。その中に、ただ、蛇《ながむし》の死骸《しがい》だけが、前よりもいっそう腹の脂《あぶら》を、ぎらつかせているのが見える。
「なんの、藤判官だといって、高が青侍の四人や五人、わたしだって、昔とったきねづかさ。」
「ふん、おばばは、えらい勢いだな。そう
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