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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)猪熊《いのくま》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)もう一年|前《まえ》の事だ

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「彳+(攵/羽)」、第3水準1−90−31]
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       一

「おばば、猪熊《いのくま》のおばば。」
 朱雀綾小路《すざくあやのこうじ》の辻《つじ》で、じみな紺の水干《すいかん》に揉烏帽子《もみえぼし》をかけた、二十《はたち》ばかりの、醜い、片目の侍が、平骨《ひらぼね》の扇を上げて、通りかかりの老婆を呼びとめた。――
 むし暑く夏霞《なつがすみ》のたなびいた空が、息をひそめたように、家々の上をおおいかぶさった、七月のある日ざかりである。男の足をとめた辻には、枝のまばらな、ひょろ長い葉柳《はやなぎ》が一本、このごろはやる疫病《えやみ》にでもかかったかと思う姿で、形《かた》ばかりの影を地の上に落としているが、ここにさえ、その日にかわいた葉を動かそうという風はない。まして、日の光
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