に照りつけられた大路には、あまりの暑さにめげたせいか、人通りも今はひとしきりとだえて、たださっき通った牛車《ぎっしゃ》のわだちが長々とうねっているばかり、その車の輪にひかれた、小さな蛇《ながむし》も、切れ口の肉を青ませながら、始めは尾をぴくぴくやっていたが、いつか脂《あぶら》ぎった腹を上へ向けて、もう鱗《うろこ》一つ動かさないようになってしまった。どこもかしこも、炎天のほこりを浴びたこの町の辻で、わずかに一滴の湿りを点じたものがあるとすれば、それはこの蛇《ながむし》の切れ口から出た、なまぐさい腐れ水ばかりであろう。
「おばば。」
「……」
 老婆は、あわただしくふり返った。見ると、年は六十ばかりであろう。垢《あか》じみた檜皮色《ひわだいろ》の帷子《かたびら》に、黄ばんだ髪の毛をたらして、尻《しり》の切れた藁草履《わらぞうり》をひきずりながら、長い蛙股《かえるまた》の杖《つえ》をついた、目の丸い、口の大きな、どこか蟇《ひき》の顔を思わせる、卑しげな女である。
「おや、太郎さんか。」
 日の光にむせるような声で、こう言うと、老婆は、杖をひきずりながら、二足三足あとへ帰って、まず口を切る前に
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