れば善いのに。」

   又

 わたしは三十歳を越した後、いつでも恋愛を感ずるが早いか、一生懸命に抒情詩《じょじょうし》を作り、深入りしない前に脱却した。しかしこれは必しも道徳的にわたしの進歩したのではない。唯ちょっと肚《はら》の中に算盤《そろばん》をとることを覚えたからである。

   又

 わたしはどんなに愛していた女とでも一時間以上話しているのは退窟《たいくつ》だった。

   又

 わたしは度たび※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]《うそ》をついた。が、文字にする時は兎《と》に角《かく》、わたしの口ずから話した※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]はいずれも拙劣を極めたものだった。

   又

 わたしは第三者と一人の女を共有することに不平を持たない。しかし第三者が幸か不幸かこう云う事実を知らずにいる時、何か急にその女に憎悪を感ずるのを常としている。

   又

 わたしは第三者と一人の女を共有することに不平を持たない。しかしそれは第三者と全然見ず知らずの間がらであるか、或は極く疎遠の間がらであるか、どちらかであることを条件としている。

 
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