又
わたしは第三者を愛する為に夫の目を偸《ぬす》んでいる女にはやはり恋愛を感じないことはない。しかし第三者を愛する為に子供を顧みない女には満身の憎悪を感じている。
又
わたしを感傷的にするものは唯《ただ》無邪気な子供だけである。
又
わたしは三十にならぬ前に或女を愛していた。その女は或時わたしに言った。――「あなたの奥さんにすまない。」わたしは格別わたしの妻に済まないと思っていた訣《わけ》ではなかった。が、妙にこの言葉はわたしの心に滲《し》み渡った。わたしは正直にこう思った。――「或はこの女にもすまないのかも知れない。」わたしは未だにこの女にだけは優しい心もちを感じている。
又
わたしは金銭には冷淡だった。勿論《もちろん》食うだけには困らなかったから。
又
わたしは両親には孝行だった。両親はいずれも年をとっていたから。
又
わたしは二三の友だちにはたとい真実を言わないにもせよ、※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]をついたことは一度もなかった。彼等も亦※[#「言+墟のつくり」、第4水準2−88−74]をつか
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