ちっとは羽根でも飛んで見ろ。

   又

 気韻は作家の後頭部である。作家自身には見えるものではない。若《も》し又無理に見ようとすれば、頸《くび》の骨を折るのに了《おわ》るだけであろう。

   又

 批評家 君は勤め人の生活しか書けないね?
 作家 誰か何でも書けた人がいたかね?

   又

 あらゆる古来の天才は、我我凡人の手のとどかない壁上の釘《くぎ》に帽子をかけている。尤《もっと》も踏み台はなかった訣《わけ》ではない。

   又

 しかしああ言う踏み台だけはどこの古道具屋にも転がっている。

   又

 あらゆる作家は一面には指物師《さしものし》の面目を具《そな》えている。が、それは恥辱ではない。あらゆる指物師も一面には作家の面目を具えている。

   又

 のみならず又あらゆる作家は一面には店を開いている。何、わたしは作品は売らない? それは君、買い手のない時にはね。或は売らずとも好い時にはね。

   又

 俳優や歌手の幸福は彼等の作品ののこらぬことである。――と思うこともない訣ではない。


侏儒の言葉(遺稿)


   弁護

 他人を弁護するよりも自己
前へ 次へ
全83ページ中70ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング