池大雅
「大雅《たいが》は余程|呑気《のんき》な人で、世情に疎かった事は、其室|玉瀾《ぎょくらん》を迎えた時に夫婦の交りを知らなかったと云うので略《ほぼ》其人物が察せられる。」
「大雅が妻を迎えて夫婦の道を知らなかったと云う様な話も、人間離れがしていて面白いと云えば、面白いと云えるが、丸で常識のない愚かな事だと云えば、そうも云えるだろう。」
こう言う伝説を信ずる人はここに引いた文章の示すように今日もまだ芸術家や美術史家の間に残っている。大雅は玉瀾を娶《めと》った時に交合のことを行わなかったかも知れない。しかしその故に交合のことを知らずにいたと信ずるならば、――勿論《もちろん》その人はその人自身|烈《はげ》しい性欲を持っている余り、苟《いやし》くもちゃんと知っている以上、行わずにすませられる筈《はず》はないと確信している為であろう。
荻生徂徠
荻生徂徠《おぎゅうそらい》は煎《い》り豆《まめ》を噛《か》んで古人を罵るのを快としている。わたしは彼の煎り豆を噛んだのは倹約の為と信じていたものの、彼の古人を罵ったのは何の為か一向わからなかった。しかし今日考えて見れば、それは
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