ンゲエルの声に近い鶯《うぐいす》の声を耳にした。日本人は鶯に歌を教えたと言うことである。それは若《も》しほんとうとすれば、驚くべきことに違いない。元来日本人は音楽と言うものを自ら教えることも知らないのであるから。」(第二巻第二十九章)

   天才

 天才とは僅《わず》かに我我と一歩を隔てたもののことである。只《ただ》この一歩を理解する為には百里の半ばを九十九里とする超数学を知らなければならぬ。

   又

 天才とは僅かに我我と一歩を隔てたもののことである。同時代は常にこの一歩の千里であることを理解しない。後代は又この千里の一歩であることに盲目である。同時代はその為に天才を殺した。後代は又その為に天才の前に香を焚《た》いている。

   又

 民衆も天才を認めることに吝《やぶさ》かであるとは信じ難い。しかしその認めかたは常に頗《すこぶ》る滑稽《こっけい》である。

   又

 天才の悲劇は「小ぢんまりした、居心の好い名声」を与えられることである。

   又

 耶蘇《やそ》「我笛吹けども、汝等《なんじら》踊らず。」
 彼等「我等踊れども、汝足らわず。」

   ※[#「言+
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