消しますまい事か、『成程そう承りますれば、どうやらあの辺の水の色が怪しいように見えますわいな。』で、まだ三月三日にもなりませんのに、法師を独り後に残して、喘《あえ》ぎ喘ぎ念仏を申しながら、竹杖をつく間《ま》もまだるこしそうに急いで逃げてしまいました。後で人目がございませんでしたら、腹を抱えたかったのはこの法師で――これはそうでございましょう。実はあの発頭人《ほっとうにん》の得業《とくごう》恵印《えいん》、諢名《あだな》は鼻蔵《はなくら》が、もう昨夜《ゆうべ》建てた高札《こうさつ》にひっかかった鳥がありそうだくらいな、はなはだ怪しからん量見で、容子《ようす》を見ながら、池のほとりを、歩いて居ったのでございますから。が、婆さんの行った後には、もう早立ちの旅人と見えて、伴《とも》の下人《げにん》に荷を負わせた虫の垂衣《たれぎぬ》の女が一人、市女笠《いちめがさ》の下から建札を読んで居るのでございます。そこで恵印は大事をとって、一生懸命笑を噛み殺しながら、自分も建札の前に立って一応読むようなふりをすると、あの大鼻の赤鼻をさも不思議そうに鳴らして見せて、それからのそのそ興福寺《こうふくじ》の方へ引
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