《てんじょう》すると申す事は、全く口から出まかせの法螺《ほら》なのでございます。いや、どちらかと申しましたら、天上しないと申す方がまだ確かだったのでございましょう。ではどうしてそんな入らざる真似を致したかと申しますと、恵印は日頃から奈良の僧俗が何かにつけて自分の鼻を笑いものにするのが不平なので、今度こそこの鼻蔵人がうまく一番かついだ挙句《あげく》、さんざん笑い返してやろうと、こう云う魂胆《こんたん》で悪戯《いたずら》にとりかかったのでございます。御前《ごぜん》などが御聞きになりましたら、さぞ笑止《しょうし》な事と思召しましょうが、何分今は昔の御話で、その頃はかような悪戯を致しますものが、とかくどこにもあり勝ちでございました。
「さてあくる日、第一にこの建札を見つけましたのは、毎朝興福寺の如来様《にょらいさま》を拝みに参ります婆さんで、これが珠数《じゅず》をかけた手に竹杖をせっせとつき立てながら、まだ靄《もや》のかかっている池のほとりへ来かかりますと、昨日《きのう》までなかった建札が、采女柳の下に立って居ります。はて法会《ほうえ》の建札にしては妙な所に立っているなと不審には思ったのでござ
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