。そこでこちらも柱の根がたに坐ってばかりは居られませんので、嫌々腰を擡《もた》げて見ますと、ここにも揉烏帽子《もみえぼし》や侍烏帽子《さむらいえぼし》が人山《ひとやま》を築いて居りましたが、その中に交ってあの恵門法師《えもんほうし》も、相不変《あいかわらず》鉢の開いた頭を一きわ高く聳やかせながら、鵜《う》の目もふらず池の方を眺めて居るではございませんか。恵印は急に今までの情けない気もちも忘れてしまって、ただこの男さえかついでやったと云う可笑《おか》しさに独り擽《くすぐ》られながら、『御坊《ごぼう》』と一つ声をかけて、それから『御坊も竜の天上を御覧かな。』とからかうように申しましたが、恵門は横柄《おうへい》にふりかえると、思いのほか真面目な顔で、『さようでござる。御同様|大分《だいぶ》待ち遠い思いをしますな。』と、例のげじげじ眉も動かさずに答えるのでございます。これはちと薬が利きすぎた――と思うと、浮いた声も自然に出なくなってしまいましたから、恵印はまた元の通り世にも心細そうな顔をして、ぼんやり人の海の向うにある猿沢《さるさわ》の池を見下しました。が、池はもう温《ぬる》んだらしい底光りの
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