》ゆくきらめかせて居りました。そのほか、日傘《ひがさ》をかざすもの、平張《ひらばり》を空に張り渡すもの、あるいはまた仰々《ぎょうぎょう》しく桟敷《さじき》を路に連ねるもの――まるで目の下の池のまわりは時ならない加茂《かも》の祭でも渡りそうな景色でございます。これを見た恵印法師《えいんほうし》はまさかあの建札を立てたばかりで、これほどの大騒ぎが始まろうとは夢にも思わずに居りましたから、さも呆れ返ったように叔母の尼の方をふり向きますと、『いやはや、飛んでもない人出でござるな。』と情けない声で申したきり、さすがに今日は大鼻を鳴らすだけの元気も出ないと見えて、そのまま南大門《なんだいもん》の柱の根がたへ意気地《いくじ》なく蹲《うずくま》ってしまいました。
「けれども元より叔母の尼には、恵印のそんな腹の底が呑みこめる訳もございませんから、こちらは頭巾《ずきん》もずり落ちるほど一生懸命首を延ばして、あちらこちらを見渡しながら、成程竜神の御棲《おす》まいになる池の景色は格別だの、これほどの人出がした上からは、きっと竜神も御姿を御現わしなさるだろうのと、何かと恵印をつかまえては話しかけるのでございます
前へ 次へ
全24ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング