、ぬき足にそっと忍び寄ると、采女柳につかまって、透《す》かすように、池を窺いました。するとそのほの明《あかる》い水の底に、黒金《くろがね》の鎖を巻いたような何とも知れない怪しい物が、じっと蟠《わだかま》って居りましたが、たちまち人音《ひとおと》に驚いたのか、ずるりとそのとぐろをほどきますと、見る見る池の面《おもて》に水脈《みお》が立って、怪しい物の姿はどことも知れず消え失せてしまったそうでございます。が、これを見ました老爺《おやじ》は、やがて総身《そうしん》に汗をかいて、荷を下した所へ来て見ますと、いつの間にか鯉鮒《こいふな》合せて二十|尾《び》もいた商売物《あきないもの》がなくなっていたそうでございますから、『大方《おおかた》劫《こう》を経た獺《かわおそ》にでも欺《だま》されたのであろう。』などと哂《わら》うものもございました。けれども中には『竜王が鎮護遊ばすあの池に獺の棲《す》もう筈もないから、それはきっと竜王が魚鱗《うろくず》の命を御憫《おあわれ》みになって、御自分のいらっしゃる池の中へ御召し寄せなすったのに相違ない。』と申すものも、思いのほか多かったようでございます。
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