きである。あの長い刀をかけた、――いや、かういふ昔の景色は先師|夏目《なつめ》先生の「彼岸過迄《ひがんすぎまで》」に書いてある以上、今更僕の悪文などは待たずとも好《よ》いのに違ひない。その後ろは水族館である、安本亀八《やすもとかめはち》の活人形《いきにんぎやう》である、或は又珍世界のX光線である。
更にずつと近い頃の記憶はカリガリ博士のフイルムである。(僕はあのフイルムの動いてゐるうちに、僕の持つてゐたステツキの柄《え》へかすかに糸を張り渡す一匹の蜘蛛《くも》を発見した。この蜘蛛は表現派のフイルムよりも、数等僕には気味の悪い印象を与へた覚えがある。)さもなければロシアの女|曲馬師《きよくばし》である。さう云ふ記憶は今になつて見るとどれ一つ懐しさを与へないものはない。が、最も僕の心にはつきりと跡を残してゐるのは佐藤君の描《ゑが》いた光景である。キユウピツドに扮《ふん》した無数の少女の廻り梯子《ばしご》を下《くだ》る光景である。
僕も亦《また》或晩春の午後、或オペラの楽屋の廊下《らうか》に彼等の一群《いちぐん》を見たことがある。彼等は佐藤君の書いたやうに、ぞろぞろ廻り梯子《ばしご》を下
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