つて行つた。薔薇《ばら》色の翼、金色《きんいろ》の弓、それから薄い水色の衣裳《いしやう》、――かう云ふ色彩を煙らせた、もの憂いパステルの心もちも佐藤君の散文の通りである。僕はマネジヤアのN君と彼等のおりるのを見下《みおろ》しながら、ふとその中のキユウピツドの一人《ひとり》の萎《しを》れてゐるのを発見した。キユウピツドは十五か十六であらう。ちらりと見た顔は頬《ほほ》の落ちた、腺病質《せんびやうしつ》らしい細おもてである。僕はN君に話しかけた。
「あのキユウピツドは悄気《しよげ》てゐますね。舞台監督にでも叱られたやうですね。」
「どれ? ああ、あれですか? あれは失恋してゐるのですよ。」
N君は無造作《むざうさ》に返事をした。
このキユウピツドの出るオペラは喜歌劇だつたのに違ひない。しかし人生は喜歌劇にさへ、――今更そんなモオラルなどを持ち出す必要はないかも知れない。しかし兎《と》に角《かく》月桂《げつけい》や薔薇《ばら》にフツト・ライトの光を受けた思ひ出の中の舞台には、その後《ご》もずつと影のやうにキユウピツドが一人《ひとり》失恋してゐる。……
[#地から1字上げ](大正十三年一月)
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