ぢゆうのたふ》や仁王門《にわうもん》である。これは今度の震災《しんさい》にも幸《さいはひ》と無事に焼残つた。今ごろは丹塗《にぬ》りの堂の前にも明るい銀杏《いてふ》の黄葉《くわうえう》の中に、不相変《あひかはらず》鳩《はと》が何十羽も大まはりに輪を描《ゑが》いてゐることであらう。
第二に僕の思ひ出すのは池のまはりの見世物小屋《みせものごや》である。これは悉《ことごと》く焼野原になつた。
第三に見える浅草はつつましい下町《したまち》の一部である。花川戸《はなかはど》、山谷《さんや》、駒形《こまかた》、蔵前《くらまへ》――その外《ほか》何処《どこ》でも差支《さしつか》へない。唯|雨上《あまあが》りの瓦屋根だの、火のともらない御神燈《ごしんとう》だの、花の凋《しぼ》んだ朝顔の鉢だのに「浅草」の作者|久保田万太郎《くぼたまんたらう》君を感じられさへすれば好《よ》いのである。これも亦《また》今度の大地震《おおぢしん》は一望の焦土に変らせてしまつた。
この三通りの浅草のうち、僕のもう少し低徊《ていくわい》したいのは、第二の浅草、――活動写真やメリイ・ゴウ・ランドの小屋の軒を並べてゐた浅草である
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