神経を持つてゐるのである。
或日又遊びに来た室生は僕の顔を見るが早いか、団子坂《だんござか》の或|骨董屋《こつとうや》に青磁《せいじ》の硯屏《けんびやう》の出てゐることを話した。
「売らずに置けと云つて置いたからね、二三日|中《うち》にとつて来なさい。もし出かける暇《ひま》がなけりや、使《つかひ》でも何《なん》でもやりなさい。」
宛然《ゑんぜん》僕にその硯屏《けんびやう》を買ふ義務でもありさうな口吻《こうふん》である。しかし御意《ぎよい》通りに買つたことを未《いま》だに後悔してゐないのは室生の為にも僕の為にも兎《と》に角《かく》欣懐《きんくわい》と云ふ外《ほか》はない。
室生はまだ陶器の外《ほか》にも庭を作ることを愛してゐる。石を据ゑたり、竹を植ゑたり、叡山苔《ゑいざんごけ》を匍《は》はせたり、池を掘つたり、葡萄棚《ぶだうだな》を掛けたり、いろいろ手を入れるのを愛してゐる。それも室生自身の家の室生自身の庭ではない。家賃を払つてゐる借家の庭に入《い》らざる数寄《すき》を凝《こ》らしてゐるのである。
或夜お茶に呼ばれた僕は室生と何か話してゐた。すると暗い竹むらの蔭に絶えず水のしたた
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