二 室生犀星

 室生犀星《むろふさいせい》の金沢《かなざは》に帰つたのは二月《ふたつき》ばかり前のことである。
「どうも国へ帰りたくてね、丁度《ちやうど》脚気《かつけ》になつたやつが国の土を踏まないと、癒《なほ》らんと云ふやうなものだらうかね。」
 さう言つて帰つてしまつたのである。室生《むろふ》の陶器を愛する病は僕よりも膏肓《かうくわう》にはひつてゐる。尤《もつと》も御同様に貧乏だから、名のある茶器などは持つてゐない。しかし室生のコレクシヨンを見ると、ちやんと或趣味にまとまつてゐる。云はば白高麗《はくかうらい》も画唐津《ゑからつ》も室生犀星を語つてゐる。これは当然とは云ふものの、必《かならず》しも誰にでも出来るものではない。
 或日室生は遊びに行つた僕に、上品に赤い唐艸《からくさ》の寂びた九谷《くたに》の鉢を一つくれた。それから熱心にこんなことを云つた。
「これへは羊羹《やうかん》を入れなさい。(室生は何何し給へと云ふ代りに何何しなさいと云ふのである)まん中へちよつと五切《いつき》ればかり、まつ黒い羊羹《やうかん》を入れなさい。」
 室生はかう云ふ忠告さへせずには気のすまない
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