今度来た毛利《もうり》先生は。」と云う。丹波先生はやはり自分たちの級に英語を教えていたが、有名な運動好きで、兼ねて詩吟《しぎん》が上手だと云う所から、英語そのものは嫌っていた柔剣道の選手などと云う豪傑連の間にも、大分《だいぶ》評判がよかったらしい。そこで先生がこう云うと、その豪傑連の一人がミットを弄《もてあそ》びながら、
「ええ、あんまり――何です。皆《みんな》あんまり、よく出来ないようだって云っています。」と、柄《がら》にもなくはにかんだ返事をした。すると丹波先生はズボンの砂を手巾《ハンケチ》ではたきながら、得意そうに笑って見せて、
「お前よりも出来ないか。」
「そりゃ僕より出来ます。」
「じゃ、文句を云う事はないじゃないか。」
豪傑はミットをはめた手で頭を掻きながら、意気地《いくじ》なくひっこんでしまった。が、今度は自分の級の英語の秀才が、度の強い近眼鏡をかけ直すと、年に似合わずませた調子で、
「でも先生、僕たちは大抵《たいてい》専門学校の入学試験を受ける心算《つもり》なんですから、出来る上にも出来る先生に教えて頂きたいと思っているんです。」と、抗弁した。が、丹波先生は不相変《あ
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