騒々しく机の蓋《ふた》を明けたり閉めたりさせる音、それから教壇へとび上って、毛利先生の身ぶりや声色《こわいろ》を早速使って見せる生徒――ああ、自分はまだその上に組長の章《しるし》をつけた自分までが、五六人の生徒にとり囲まれて、先生の誤訳を得々《とくとく》と指摘していたと云う事実すら、思い出さなければならないのであろうか。そうしてその誤訳は? 自分は実際その時でさえ、果してそれがほんとうの誤訳かどうか、確かな事は何一つわからずに威張《いば》っていたのである。
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それから三四日|経《へ》たある午《ひる》の休憩時間である。自分たち五六人は、機械体操場の砂だまりに集まって、ヘルの制服の背を暖い冬の日向《ひなた》に曝《さら》しながら、遠からず来《きた》るべき学年試験の噂《うわさ》などを、口まめにしゃべり交していた。すると今まで生徒と一しょに鉄棒へぶら下っていた、体量十八貫と云う丹波《たんば》先生が、「一二、」と大きな声をかけながら、砂の上へ飛び下りると、チョッキばかりに運動帽をかぶった姿を、自分たちの中に現して、
「どうだね、
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