いかわらず》勇壮に笑いながら、
「何、たった一学期やそこいら、誰に教わったって同じ事さ。」
「じゃ毛利先生は一学期だけしか御教えにならないんですか。」
 この質問には丹波先生も、いささか急所をつかれた感があったらしい。世故《せこ》に長けた先生はそれにはわざと答えずに、運動帽を脱《ぬ》ぎながら、五分刈《ごぶがり》の頭の埃《ほこり》を勢よく払い落すと、急に自分たち一同を見渡して、
「そりゃ毛利先生は、随分古い人だから、我々とは少し違っているさ。今朝も僕が電車へ乗ったら、先生は一番まん中にかけていたっけが、乗換えの近所になると、『車掌、車掌』って声をかけるんだ。僕は可笑《おか》しくって、弱ったがね。とにかく一風変《いっぷうかわ》った人には違いないさ。」と、巧《たくみ》に話頭を一転させてしまった。が、毛利先生のそう云う方面に関してなら、何も丹波先生を待たなくとも、自分たちの眼を駭《おどろ》かせた事は、あり余るほど沢山ある。
「それから毛利先生は、雨が降ると、洋服へ下駄《げた》をはいて来られるそうです。」
「あのいつも腰に下っている、白い手巾《ハンカチ》へ包んだものは、毛利先生の御弁当じゃないん
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