からその名詞を見ると、すぐ後に――このすぐ後にあるのは、何だか知っているかね。え。お前はどうだい。」
「関係――関係名詞。」
 給仕の一人が吃《ども》りながら、こう答えた。
「何、関係名詞? 関係名詞と云うものはない。関係――ええと――関係代名詞? そうそう関係代名詞だね。代名詞だから、そら、ナポレオンと云う名詞の代りになる。ね。代名詞とは名に代る詞《ことば》と書くだろう。」
 話の具合では、毛利先生はこのカッフェの給仕たちに英語を教えてでもいるらしい。そこで自分は椅子《いす》をずらせて、違った位置からまた鏡を覗《のぞ》きこんだ。すると果してその卓《テエブル》の上には、読本らしいものが一冊開いてある。毛利先生はその頁を、頻《しきり》に指でつき立てながら、いつまでも説明に厭《あ》きる容子《ようす》がない。この点もまた先生は、依然として昔の通りであった。ただ、まわりに立っている給仕たちは、あの時の生徒と反対に、皆熱心な眼を輝かせて、目白押《めじろお》しに肩を合せながら、慌《あわただ》しい先生の説明におとなしく耳を傾けている。
 自分は鏡の中のこの光景を、しばらく眺めている間に、毛利先生に対
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