種の羞恥《しゅうち》を感じて、しばらくの間はひっそりと、賑《にぎやか》な笑い声を絶ってしまった。が、その中で丹波先生だけは、ただ、口を噤《つぐ》むべく余りに恐縮と狼狽《ろうばい》とを重ねたからでもあったろう。「あの帽子が古物だぜ」と、云いかけた舌をちょいと出して、素早く運動帽をかぶったと思うと、突然くるりと向きを変えて、「一――」と大きく喚《わめ》きながら、チョッキ一つの肥った体を、やにわに鉄棒へ抛りつけた。そうして「海老上《えびあが》り」の両足を遠く空ざまに伸しながら、「二――」と再び喚いた時には、もう冬の青空を鮮《あざやか》に切りぬいて、楽々とその上に上《あが》っていた。この丹波先生の滑稽なてれ隠しが、自分たち一同を失笑させたのは無理もない。一瞬間声を呑んだ機械体操場の生徒たちは、鉄棒の上の丹波先生を仰ぎながら、まるで野球の応援でもする時のように、わっと囃《はや》し立てながら、拍手をした。
こう云う自分も皆と一しょに、喝采《かっさい》をしたのは勿論である。が、喝采している内に、自分は鉄棒の上の丹波先生を、半ば本能的に憎み出した。と云ってもそれだけまた、毛利先生に同情を注いだと云う
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