絨氈の裏は何色だったかしら?」――そんなこともわたしには気がかりだった。が、裏をまくって見ることは妙にわたしには恐しかった。わたしは便所へ行った後、※[#「勹<夕」、第3水準1−14−76]々《そうそう》床へはいることにした。
わたしは翌日の仕事をすますと、いつもよりも一層がっかりした。と云ってわたしの部屋にいることは反ってわたしには落ち着かなかった。そこでやはり下宿の裏の土手の上へ出ることにした。あたりはもう暮れかかっていた。が、立ち木や電柱は光の乏しいのにも関《かかわ》らず、不思議にもはっきり浮き上っていた。わたしは土手伝いに歩きながら、おお声に叫びたい誘惑を感じた。しかし勿論そんな誘惑は抑えなければならないのに違いなかった。わたしはちょうど頭だけ歩いているように感じながら、土手伝いにある見すぼらしい田舎町《いなかまち》へ下《お》りて行った。
この田舎町は不相変《あいかわらず》人通りもほとんど見えなかった。しかし路《みち》ばたのある電柱に朝鮮牛《ちょうせんうし》が一匹|繋《つな》いであった。朝鮮牛は頸《くび》をさしのべたまま、妙に女性的にうるんだ目にじっとわたしを見守っていた。
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