》の皮膚《ひふ》の臭気《しゅうき》に近いものだった。
「君はどこで生まれたの?」
「群馬県××町」
「××町? 機織《はたお》り場《ば》の多い町だったね。」
「ええ。」
「君は機《はた》を織らなかったの?」
「子供の時に織ったことがあります。」
 わたしはこう云う話の中にいつか彼女の乳首《ちちくび》の大きくなり出したのに気づいていた。それはちょうどキャベツの芽《め》のほぐれかかったのに近いものだった。わたしは勿論ふだんのように一|心《しん》にブラッシュを動かしつづけた。が、彼女の乳首に――そのまた気味の悪い美しさに妙にこだわらずにはいられなかった。
 その晩《ばん》も風はやまなかった。わたしはふと目をさまし、下宿の便所へ行こうとした。しかし意識がはっきりして見ると、障子《しょうじ》だけはあけたものの、ずっとわたしの部屋の中を歩きまわっていたらしかった。わたしは思わず足をとめたまま、ぼんやりわたしの部屋の中に、――殊にわたしの足もとにある、薄赤い絨氈《じゅうたん》に目を落した。それから素足《すあし》の指先にそっと絨氈を撫《な》でまわした。絨氈の与える触覚は存外毛皮に近いものだった。「この
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