へ散歩へ出ることにしていた。しかし散歩に出ると云っても、下宿の裏の土手伝いに寺の多い田舎町《いなかまち》へ出るだけだった。
 けれどもわたしは休みなしに毎日画架に向っていた。モデルもまた毎日|通《かよ》って来ていた。そのうちにわたしは彼女の体に前よりも圧迫を感じ出した。それにはまた彼女の健康に対する羨《うらやま》しさもあったのに違いなかった。彼女は不相変《あいかわらず》無表情にじっと部屋の隅へ目をやったなり、薄赤い絨氈《じゅうたん》の上に横わっていた。「この女は人間よりも動物に似ている。」――わたしは画架にブラッシュをやりながら、時々そんなことを考えたりした。
 ある生暖《なまあたたか》い風の立った午後、わたしはやはり画架に向かい、せっせとブラッシュを動かしていた。モデルはきょうはいつもよりは一層むっつりしているらしかった。わたしはいよいよ彼女の体に野蛮《やばん》な力を感じ出した。のみならず彼女の腋《わき》の下《した》や何かにある※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《におい》も感じ出した。その※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]はちょっと黒色人種《こくしょくじんしゅ
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