に違いなかった。それからオオル・バックにした髪の毛も房ふさしていたのに違いなかった。わたしはこのモデルにも満足し、彼女を籐椅子《とういす》の上へ坐らせて見た後、早速《さっそく》仕事にとりかかることにした。裸になった彼女は花束の代りに英字新聞のしごいた[#「しごいた」に傍点]のを持ち、ちょっと両足を組み合せたまま、頸《くび》を傾けているポオズをしていた。しかしわたしは画架《がか》に向うと、今更のように疲れていることを感じた。北に向いたわたしの部屋には火鉢の一つあるだけだった。わたしは勿論この火鉢に縁の焦《こ》げるほど炭火を起した。が、部屋はまだ十分に暖らなかった。彼女は籐椅子に腰かけたなり、時々|両腿《りょうもも》の筋肉を反射的に震わせるようにした。わたしはブラッシュを動かしながら、その度に一々|苛立《いらだ》たしさを感じた。それは彼女に対するよりもストオヴ一つ買うことの出来ないわたし自身に対する苛立たしさだった。同時にまたこう云うことにも神経を使わずにはいられないわたし自身に対する苛立たしさだった。
「君の家《うち》はどこ?」
「あたしの家《うち》? あたしの家は谷中|三崎町《さんさき
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