あるミスラ君は、テエブルの上にある石油ランプの心《しん》を撚《ねじ》りながら、元気よく私に挨拶《あいさつ》しました。
「いや、あなたの魔術さえ拝見出来れば、雨くらいは何ともありません。」
私は椅子《いす》に腰かけてから、うす暗い石油ランプの光に照された、陰気な部屋の中を見廻しました。
ミスラ君の部屋は質素な西洋間で、まん中にテエブルが一つ、壁側《かべぎわ》に手ごろな書棚が一つ、それから窓の前に机が一つ――ほかにはただ我々の腰をかける、椅子が並んでいるだけです。しかもその椅子や机が、みんな古ぼけた物ばかりで、縁《ふち》へ赤く花模様を織り出した、派手《はで》なテエブル掛でさえ、今にもずたずたに裂けるかと思うほど、糸目が露《あらわ》になっていました。
私たちは挨拶をすませてから、しばらくは外の竹藪に降る雨の音を聞くともなく聞いていましたが、やがてまたあの召使いの御婆さんが、紅茶の道具を持ってはいって来ると、ミスラ君は葉巻《はまき》の箱の蓋《ふた》を開けて、
「どうです。一本。」と勧《すす》めてくれました。
「難有《ありがと》う。」
私は遠慮《えんりょ》なく葉巻を一本取って、燐寸《マッ
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