国)の絵草紙《ゑざうし》屋へ行《ゆ》き、石版刷《せきばんずり》の戦争の絵を時々一枚づつ買つたものである。それ等の絵には義和団《ぎわだん》の匪徒《ひと》や英吉利《イギリス》兵などは斃《たふ》れてゐても、日本兵は一人も斃れてゐなかつた。僕はもうその時にも矢張《やは》り日本兵も一人位《ひとりくらゐ》は死んでゐるのに違ひないと思つたりした。しかし日露役の起つた時には徹頭徹尾|露西亜《ロシア》位悪い国はないと信じてゐた。僕のリアリズムは年と共に発達する訣《わけ》には行《ゆ》かなかつたのであらう。もつともそれは僕の知人なども出征してゐた為めもあるかも知れない。この知人は南山《なんざん》の戦《たたかひ》に鉄条網《てつでうまう》にかかつて戦死してしまつた。鉄条網といふ言葉は今日《こんにち》では誰も知らない者はない。けれども日露役の起つた時には全然在来の辞書にない、新しい言葉の一つだつたのである。僕は大きい表忠碑を眺め、今更のやうに二十年|前《ぜん》の日本を考へずにはゐられなかつた。同時に又ちよつと表忠碑にも時代錯誤に近いものを感じない訣《わけ》には行《ゆ》かなかつた。
 この表忠碑の後《うしろ》には確
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