あ、あの藍問屋《あゐどんや》の娘さんか。」
妻「ええ、兄《にい》さんの好きだつた人。」
僕「あの家《うち》どうだつたかな。兄さんの為にも見て来るんだつけ。尤《もつと》も前は通つたんだけれども。」
伯母「あたしは地震の年以来一度も行つたことはないんだから、――行つても驚くだらうけれども。」
僕「それは驚くだけですよ。伯母《をば》さんには見当《けんたう》もつかないかも知れない。」
父「何しろ変りも変つたからね。そら、昔は夕がたになると、みんな門を細目《ほそめ》にあけて往来《わうらい》を見てゐたもんだらう?」
母「法界節《ほふかいぶし》や何かの帰つて来るのをね。」
伯母「あの時分は蝙蝠《かうもり》も沢山《たくさん》ゐたでせう。」
僕「今は雀さへ飛んでゐませんよ。僕は実際|無常《むじやう》を感じてね。……それでも一度行つてごらんなさい。まだずんずん変らうとしてゐるから。」
妻「わたしは一度子供たちに亀井戸《かめゐど》の太鼓橋《たいこばし》を見せてやりたい。」
父「臥龍梅《ぐわりゆうばい》はもうなくなつたんだらうな?」
僕「ええ、あれはもうとうに。……さあ、これから驚いたと
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