いだい》に蓆張《むしろば》りの小屋をかけてゐたものである。僕等はこの義士の打ち入り以来、名高い回向院を見る為に国技館の横を曲つて行つた。が、それもここへ来る前にひそかに僕の予期してゐたやうにすつかり昔に変つてゐた。
回向院
今日《こんにち》の回向院《ゑかうゐん》はバラツクである。如何《いか》に金《きん》の紋《もん》を打つた亜鉛葺《トタンぶ》きの屋根は反《そ》つてゐても、硝子《ガラス》戸を立てた本堂はバラツクと云ふ外《ほか》に仕かたはない。僕等は読経《どきやう》の声を聞きながら、やはり僕には昔|馴染《なじ》みの鼠小僧《ねずみこぞう》の墓を見物に行つた。墓の前には今日《こんにち》でも乞食《こじき》が三四人集つてゐた。が、そんなことはどうでも善《よ》い。それよりも僕を驚かしたのは膃肭獣《をつとせい》供養塔と云ふものの立つてゐたことである。僕はぼんやりこの石碑を見上げ、何かその奥の鼠小僧の墓に同情しない訣《わけ》には行《ゆ》かなかつた。
鼠小僧《ねずみこぞう》治郎太夫《ぢろだいふ》の墓は建札《たてふだ》も示してゐる通り、震災の火事にも滅びなかつた。赤い提灯《ちやうちん》や蝋燭
前へ
次へ
全57ページ中49ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング